廃墟ガールの廃ログ

廃墟散歩の備忘録

その132:笠間昭和館

 

 

ふだんはあんなに秒針よ進めと念を送っているくせに、金曜夜のタイムカードを通した瞬間、時計の支配下から解放される。早起きや残業の積み重ねが身体の節々にゆき届いていて、その浸透度といったら一週間の中では圧倒的優勝なのだが、なんだか眠くならない。妙に足もとがふわついて、気持ちも上ずって、延々と起きていられる気がする。 昨日あんなに面倒だったピアスも顔まわりで揺らしたりして、今日あんなに面倒だった化粧も正しいものを重ねたりして、俄然自分から「時間」が薄れていく。金曜日には花、ではなくて、華の字を使うのも納得がいくというもの。もっとも、生きるための苦行を強いられているほうを「ふだん」なんて記してしまうあたり、根底から解放されるのは難しそうだ。 毒されているなと毒づいて、軽やかに歩きだす。

それでもあえて、 「ふだん」という表現をするとすれば、ふだんわたしは五分に一本はくりかえしやってくる電車に乗って、生きている。遅延していても遅延している五分前の列車がやってくるので、なにくわぬ顔をして白線の内側に並んでいられるのだ。それがどういうわけか、三十分待ったってうまくいかないと来ないような電車に乗ることが ある。金曜日だからだ。数両しかないこの列車は、ふだんより、かなり揺れる。ただ、街灯と電線と夕焼けたちが、揺れの合間からかわるがわる覗いてくる。乗客は少ない。そもそもこのへんでは、古くから電車は不便なものとして伝わっているきらいがある。車のほうが速いし、細やかに向かえるし、乗っていれば着くから楽なのだろう。どこかを境に、双方の評価が逆転するらしい。
駅で降りるころにはあたりは暗闇とたまに通る車のライトだけにな っていた。ここからさらにしばらく歩いたところが目的地になる。 わたしは週に一度、時間を気にせずここへ来る。 欲をいえばもう少し近い場所にあってほしいと願うばかりだが、どうやらここが彼のお気に入りらしく、動かす気はなさそうだ。だれかの駐車場をつっきり、県道を曲がる。ぐっと光が減り、上を見る。いつの間にか夜になっている。

 

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ここは、もともとは、大きな劇場だったところらしいのだけれど、今ではその面影はほぼ見られない。セットの壁―― 真正面から見れば家の外壁そのものだが、反対側にまわると中身はなくて、厚い板が家の真似をしているだけなのだ――が今は、内側と外側と区切る線の役割を果たしている。それと右を見て、変に崩れて破片になっているというのに、律儀にここまでが建物でしたよと主張せんばかりの直角。上も横も管理がずぶのくせ、この九十度だけは死守しようと躍起になっているのだ。そこにディスプレイの窓や引き戸。裏手からこの戸を引いて「 大変だおっかさん、ちょっと外に来てくんな!」 と迫真の演者たちが作品を仕上げていたに違いない。想像が適当すぎる。
右と左をひととおり確認してから、「荒町通り」の看板をすぎる。ちなみにこの看板が、ここでは表札、門だと思っている。インターホンはないし、誰にだってひらかれている空間のため、かしこまる必要はないのだが、日本人なので、時間は気にしなくとも、礼儀は気にするようだ。お邪魔します。

 

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権利や法律や、難しいことは金曜夜のわたしには分からないけれど、せっかく好きにここで暮らしていいのなら、掘立小屋のひとつでもこしらえればいいものを、彼は頑なに現状維持を支持している。わたしと違って今では週の半分以上をここで過ごしているにも関わ らず、だ。そのくせサイコロみたいなテレビとか、扉がはずれて半分は戸棚と化した冷蔵庫とか、フィルムカメラの引伸機とか、ぎりぎりのものを持ちこむのを辞めないから、この有様である。わたしはこっそり、彼がここを秘密基地、と呼んでいるのを知っている。いい歳してそれはねえだろ痛いぞオッサン、とは今でも言えずにいる。
おはよう、と青いトタンの奥から湯気を持って彼が出てきた。わたしはブラックが飲めないので、薄いほうの液体を受けとる。荷物はちょうどいいところにあったベンチに置いて、彼の誘導に従い奥へ。
奥の右手、つまりさっきの緑と薄水色の垂直、のむこうには作業場がある。だいたい車かバイクかそのへんの便利グッズが分解されて部品展示場になっているのが常だ。もう暗いので部品たちの姿は分からない。きっと明日の朝はいつものように、工具と部品のぶつかりあう音で目が覚めるのだろう。誘導は左手へ続く。小学校で使うような机が放りだされていたり、小さな畑があったりするエリアだ。そういえば、先月はここ産のトマトをたいそう楽しんだ。
左手には退廃的なこの空間に似つかわしくない白い筒が固定されていた。ああそうか、きょうは月がなんだか綺麗に見える日なのだっけ。仕事に一切使わないことなのでまったく忘れていた。

 

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二階席へのアクセスもしくはこれもセットの一部だったであろう階段が残っていて、三段目に腰かける。とりあえず今日も崩れないで座れそうだ。彼はというと、できるだけお月様を鮮明に見ようと、微調整に精を出しているようだった。こんな秘密基地で、星と月の下で、ガスコンロで沸かされた珈琲を飲みながら、天体観測をしているなんて、わたしが仕事で疲れているなんて、誰も思うまい。そして明日はきっと、工具で遊ぶ彼のツナギ姿を拝みながら、写真を現像したり、本を読んだりするのだ。お寒くて痛くて肌が粟立つくらい徹底された世界観にあるここを、心底愛してやまない彼に、わたしは金曜日に会いにゆくのだ。

 

 

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みたいな場所だったらおもしろいですね。当然フィクションです。基本的にスカイクロラシリーズに出てくるササクラと結婚したいので影響を存分に受けた設定でございました。読んでくださった方おりましたら、長々おつきあいくださりありがとうございました。(cf.その75:そば武蔵野&あい菜家本店跡地【観察日記】 - 廃墟ガールの廃ログ&その44:大衆割烹鉄平跡地【板橋区】 - 廃墟ガールの廃ログ)

 

 

*基本データ

 

場所:茨城県笠間市(かさま)笠間46番地

行った日:2018/09/22

廃墟になった日:1983

詳しく:1930年に開館した木造2階建て、180席の映画館。1934年に火災で焼失するも移転し再開。サイレント映画の上映と寄席などの公演を行っていた。(cf.火災再建→その51:フランス山 - 廃墟ガールの廃ログ&劇場その66:旧鶴川座【川越浪漫散策1/3】 - 廃墟ガールの廃ログ)

 

 

*評価

 

怖さ:★★☆☆☆

廃れさ:★★★★☆

入りやすさ:★★★☆☆

 

 

*廃墟残

 

残りストック:4

 

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