午後九時、日曜日。
マフラーに埋めた口から舌打ちが漏れた。右と左を一度ずつ見て、誰にも悟られぬよう、静かに飲みこむ。まばらな降車客には聞こえない距離だったようだ。私の品は保たれた。
ホーム両端に出口のある最寄り駅では、究極の二択を間違えることが大きなロスになる。出て左だったか……休日の非日常が、ルーチンが作った感覚を狂わせていたようだ。バルで飲んだサングリアの瓶に入った、カットされたフルーツが脳裏をかすめた。
今日もなかなか、楽しい一日だった。
南口を出て右だ。見慣れた階段はない。変わりに勾配の緩やかな坂が伸びる。交番、ホテル、と――
「来ちゃった、って言ったら、怒る?」
順調だった軽快なヒールが止まった。
「随分と――早いお迎えで」
目の前に、いやというほど知っている、にやついた口元。飄々と、でも確実に、現れる。
「思ったより、落ち着いてるね」
つまんないの、とでも言いたげな口調。声のトーンは変わらない。ふわついた様子を見せないように、落ち着いて、わざとゆっくりつぶやいてやる。
「何年付き合ってると思ってるの」
先を進む背中がまあね、と揺れる。右を見ると、賽の目のガラス、いくつか歯抜けになっている。茶色と黒。たくさんのメーター。円盤は動いているだろうか。いや、止まっている。止まっている。
「デート?」
背中が回って私の足元をちらと見る。いつもと違うからだろう。
「楽しかった、んだろうね。楽しいと、楽しかった分、つらいよ?」
知っている。
もう私だって大人なのだ。それこそ、何年付き合っているの、だ。
自分本位の笑顔、どんなわがままも、気まぐれも、許してくれる。今の彼は優しい。おいしいお酒だった。夢みたい、嘘みたいだ。そんな世界が広がるほど、目の前の君は不敵に笑うのだ。幸せを噛みしめているほど、黒い影を伸ばして、手をこまねくのだ。
こっちへおいでって。
どんなに嫌でも、行きたくなくても、一切は過ぎていく。布団の中で駄々こねて泣きじゃくったって、気づけば寝こけて朝になる。
――さ。
「帰ろっか」
君を迎え入れる準備はできているよ。
「つまんないの。昔はもっと、いやいや言ってたのに。ずっと日曜日なら良いのにって台詞、何度聞いたかって、感じだったのにね」
「社会人何年やってると思ってんの」
マフラーから白い息を吐き出し、並んで帰る。
日曜日が終わる。
*基本データ
場所:東京都板橋区(東十条駅南口)
行った日:2017/11/18
廃墟になった日:不明
詳しく:
*評価
怖さ:★★☆☆☆
廃れさ:★★☆☆☆☆
入りやすさ:☆☆☆☆☆(警戒中)
*おまけ
日曜の午後あたりから、ゆっくり絶望(月曜日)がやってきます。月曜日働きたくないという文章でした、月曜日働きたくないという以外は大体嘘です、廃墟あまり関係ないです、失礼いたしました。ごめんなさい。