*基本データ
行った日:2019/10/19
廃墟になった日:1964年閉山
詳しく:1943年に完成した、志免鉱業所の石炭排出設備。鉄筋コンクリート造りで当時価格で200万ほどの予算だそう。高さ47.65メートル、この櫓の下には地下430メートル坑道が続く。
*評価
怖さ:★★★☆☆
廃れさ:★★★★☆
見つけやすさ:★★★★☆
*あれこれ
わたしは赤くて毎週水曜に「ゆゅゅゆゆゅ」とつぶやくキャラクタの県出身で、渡福(渡米のようなテンションで)するまで、博多市があると思っていましたし、福岡市と北九州は近いと思っていましたし、門司は福岡市にあると思っていました。とんでもないです。申し訳ございません。そもそも九州上陸自体が3度目です。
(cf.1,2度目→その6:屋久島のバルブ群生 - 廃墟ガールの廃ログ、その8:池島【画像大量】 - 廃墟ガールの廃ログ)
文学フリマの1日前、無事に福岡へおりたった廃墟ガールは、レンタカーを借りて昼ごはんもそこそこに出かけはじめます。お気軽に行ける福岡の廃墟を巡るためです。ええもちろん。(cf.ありがとうございました→番外編:廃墟短編集【文学フリマ福岡】 - 廃墟ガールの廃ログ)
福岡は炭坑の跡地がたくさんあるようでした。その中で福岡空港から最寄りの、志免町へ向かってみました。しめ、と読むそうです。
あたりは公園とグラウンドになっており、ウォーキングやジョギングをするひと、自主練をする運動部、はしゃぐちびっこなどがいらっしゃいました。
説明もございます。8月に行ったその211:旧日立航空機株式会社立川工場変電所 - 廃墟ガールの廃ログを思い出しますし、やはり鉱業所というとその10:足尾銅山付近 - 廃墟ガールの廃ログがすぐ浮かびます。
躍る心を落ちつかせ、すでにずっと見えている巨大な塔へ近づきましょう。
……入れないのはもちろんのことですが、調べたときに見た写真とちょっとお姿が違います。「未来へつなぐ、街の記憶。」とございます。
工事中でした。下の格子すけすけ部分はくるまれていらっしゃいました。そのことを今回カメラを貸してくれたトーキョーマスター(深夜都内徘徊日課情報通人)に教えた際のLINE画面です。カメラありがとう。(cf.タイミング大事→その84:東松山遊園地【東松山遊園地を目指して3/3】 - 廃墟ガールの廃ログやその163:大丸屋【解体中】 - 廃墟ガールの廃ログ)
すこし残念でしたが、この眺めだけでも福岡に来てよかったなと感じられます。第二次世界大戦以前に造られた竪坑櫓は世界でここを入れて3ヶ所しかないそうです。そりゃ未来へつなぐ必要がありますね。
工場夜景にも同じことがいえますが、用途が分からないから萌えるのだと思うのです。どんなに美味しいと評判のお店があったとしても、職場の駅が最寄りでは休日になんて行きたくない、これと似ています(そうでしょうか)。ただ巨大、ただ煤けている、ただアシンメトリィ、ただ廃れている、背景は調べれば分かりますのでしっかり学ぶとしても、見たままを感じて吸い込めばいいのかな、そんな文学フリマ以外の、気ままな気まぐれ福岡ひとり散歩のメモが、ここからしばらく続きます。
*廃墟残
残りストック:10(数え直したら全部で11でした)
*おまけじゃない
むしろこっちがメインばりの枚数の多さです。志免櫓を見終わったあと、気になるものを見つけて車を停め直しました。「あ、福岡も路面電車があるんだ……かわいいなあ」と思ったからです。
しかし、近づいてまいりますと、
線路がぶつ切りになっていることに気づきます。状態が綺麗だったもので現役かと間違えましたが、志免鉄道の廃線を保存した公園なのでした! 「廃線」なんてカテゴリ、安比奈線近くを歩いた際にまあこれも廃墟の仲間だよね、オッケーカウントカウント☆ と作ってから、正直もう使わないと踏んでましたけれど、使いました。(cf.廃線→その85:西武安比奈線 - 廃墟ガールの廃ログ)
ホームだったところでしょうか。線路が近いです。
セルフタイマー様々、挙動の怪しい廃墟ガールの1枚です。背中合わせのベンチとは、心くすぐられます。
ここなら簡単にスタンドバイミーごっこができてしまいます。
晴れた空によく映えていますが、どこかもの悲しげにも写るのは気のせいでしょうか。きっといまは使われていないと知ってしまっているからなのでしょう。
円形の中央でなにか召喚の儀式などできそうな広場からは、角度によって櫓が覗きます。
道路挟んでもう片方にも同じような空間が残っておいででした。上の枠組みがいかしています。
絶対に読めません。福岡の難読地名、ここからいくつか出てきますが、知るのが楽しかったです。
というわけでしばらく福岡からお送りいたします。いつもよりちょっとばかし画質の良い#廃ログ、お暇つぶしにお散歩していただけましたら幸いでございます。