*基本データ
場所:茨城県久慈郡大子町上岡957-3(くじぐんだいごまち)
行った日:2025/12/06
廃墟になった日:2001/03/31
詳しく:1879年4月20日創立の2階建て小学校。茨城県内では2番目に古く、現地保存されている校舎としては県内最古。
*評価
怖さ:★☆☆☆☆
廃れさ:★★★★☆
見つけやすさ:土日祝9:00〜16:00見学可能
*あれこれ
廃墟ガールはもうピー年も前に2年間茨城県は三年に住んでいたことがあります。空き家か空き家じゃないかを見極める職人(語弊あり)をしていた頃の話です。そこから、定期的には茨城に訪れているのですが、今年もその時期がやってまいりました。
もっとも、2025に限って言えば1月にも茨城に来ていますので、実は2回目にはなります。(cf.その686:【画像大量】鹿島海軍航空隊跡【新春茨城6/6】 - 廃墟ガールの廃ログ)(cf.ここの近くに住んでいた→その94:【お待たせしました】クイーンシャトー【元住居から徒歩3分】 - 廃墟ガールの廃ログ、その4:県営釜神町アパート跡 - 廃墟ガールの廃ログ)

木造校舎で学んだことがなくても、なんとなく懐かしさを感じてしまうのが廃校の不思議なところです。(cf.廃校→その400:旧福島県尋常中学校本館【400記事】 - 廃墟ガールの廃ログ、その524:生口中学校【爆走海道4-1/6】 - 廃墟ガールの廃ログ、その552:次年子小学校〇+□【サクラ山形1/6】 - 廃墟ガールの廃ログ、その586:避暑失敗北海道⑳㉑ - 廃墟ガールの廃ログエトセトラ)

1,2年生の教室にはまだ室とか温とか習わないんじゃないかと心配になる目標が掲げられていました。赤字に達筆でちょっと注意喚起味があります。



こちらは確か3,4年生の教室。室内の温度よりも身なりに注目するみたいです。

訪れた時間帯なのか気候なのかそのどちらもなのかが神がかっていて、かわいらしく整列した背の低い学習机に差し込む光がとても芸術的でした。窓枠や椅子の影の伸び方といい、絵画のようです。



いつもの大好きな構図です。片側を走らずに歩けるように、廊下はずっとこのような白線が引かれています。

窓の鍵っ子(?)もいました。これは開閉? 鳳凰? なんと書いてあるのでしょう。(cf.ベスト→その680:【画像大量】住居跡&店舗跡&廃旅館&廃銭湯&廃院etc【明治村】 - 廃墟ガールの廃ログ)


この学校の個人的最大の特徴は渡り廊下が階段になっていることだと思います。体育館や音楽室のある校舎へ行くのに、山の斜面を利用して建てられているばっかりに、階段を昇るのです。しかもおそらく高低差はそこまでなくなだらかなので、こうやって踊り場を広めに設けて調節しているように見えます。面白い工夫と面白い構造です。


タテカンみたいに木製のお勉強パネルが貼ってありました。かなり旧地名です。


音楽室には追い越しのための右側通行禁止の標識がありました。なぜ。


蛇口のトマソンがありました。


写真がへたくそですが、講堂にやってまいりました。


ステージもあります。行事ごとをするのにもってこいです。


ひと通り見てまわりましたので、棟を戻ります。今度は下りです。


かわいい

ほかにも、算数セットに入っているお花のおはじきのでかバージョンがコースターとして使われていたり、

校長室が型板ガラスだったりしました。見ごたえございました。


校庭には遊具が。(cf.廃遊具→その131:行川アイランド&行川小学校 - 廃墟ガールの廃ログ、閑話休題:公園跡地【私とインターネット】 - 廃墟ガールの廃ログ、その479:旧志賀小学校【海辺和歌山1/10?】 - 廃墟ガールの廃ログ)

納税組合の文字が刻まれた石柱? が埋め込み式に寝ている写真でおしまいです。
*おまけ


タイトルに「県北」と入れていますが、宿泊は水戸市内でした。駅チカのバー――かれこれ10年以上オープンしたての頃から通っていて、かれこれ10人以上の知り合いを連れてきていて、初めての女性客はわたし、という大事な場所です――に行くためです。昨年はタイミングが合わず行けなかったのですこしひさびさの訪問となりました。文句なしの美味しさ、雰囲気の良さ、水戸の近況なんかをマスターに聞いてカクテルをいただきました。
県北茨城シリーズを始めたばかりですが、おそらくこの記事が年内最後になるかなと思います。今年もまた懲りずに飽きずに続けられることができました。このブログにお散歩しに来てくださるかた、☆やB!、コメントをくださるかた、ほんとうにありがとうございます。最近は時間の使い方がへたくそで他ブログにあまりお邪魔できておらず申し訳ありませんが、来年も引き続き気ままに気まぐれにやっていこうと思います。よしなによろしくお願いいたします。