廃墟ガールの廃ログ

廃墟散歩の備忘録

廃墟探偵【その175】

 

 

彼がなくなったらしい。

聞いたところによると、煙草を買いに外へ出たと思ったら、そのまま、ということだった。彼の嗜好品はたしかになかなかどの店でも売っているものではなかったと記憶しているから、道中でなにかがあったのだろう。彼らしいといえば、たいそう彼らしい。知らせを聞いた瞬間に出てきたのは、そんな陳腐な感想で、胸を打つ鼓動や落ちる涙はどこにもいなかった。

 

ここまでなら、泣かずとも一人夜闇の中、彼の好きだったジンで乾杯して、帳が下りそして上がるのをじっくり過ごすのも悪くない、と考えていたが、もうすこし事情は複雑のようだった。

要は、ポケットからいくら彼がヘビースモーカとはいえストックを補充しに行くには早計すぎる量の煙草が出てきたし、交差点の角にある小さないつものお店にもその日は来ていなかったのだ。往路でなにかが、と推測することも容易だけれど、どうやらそれはなさそうだ。というのも、お店と真逆のほうで、彼は見つかった。はなからあの気のいいおばあちゃんのお店に行くのではなかったということ。煙草でなくて、なにをかってくるつもりだったのだろう。

 

「アリハラさん、でよろしいですか?」

制服を着た美人女性が家に押しかけてきた。この手の声かけはもうテレビで多くのタレントがするオーバなリアクションよりも使い古され、擦り切れているため、自然と息が漏れる。女性であるだけ、まだ救いがあるといったところか。

「‥‥なんのご用でしょうか」

「ジョニーという人物を、ご存じですか。探偵など、名乗っている男です。飲み友達だったと聞いています」

「‥‥重要参考人ですか、わたし」

「まさか」彼女は表情も声色も変えずにすぐ返す。「ただ、少々見ていただきたいものが、ございまして」

 

そうしてわたしは流していたラジオを切り、まだなみなみアルコールの入ったグラスを机の脇にのけ、本をたたみ、美人警官から彼のその瞬間を詳細に聞く羽目になったのだ。現場は煙草屋の反対にある、もう使われていない店舗であったこと、さらにその壁の一角にメッセージが残されていたことなどを叩きこまれた。

「撃てなかった、じゃない、ジョニーは撃たなかったのだ。」

写真にある汚れた壁の拙い文字を音読すると、そうです、と目の前の瞳が答える。

「――オーケー、分かりました」

なにも聞かれていないが、わたしは手をあげた。ようやく彼女の表情がすこし変わる。

「ではその廃墟に不法侵入することを合法に認めてもらえますね?」

ちなみにわたしの名前はアリハラとは読まない。間違えられるのは慣れっことはいえ、いささかの気にくわなさを持ち、立ち上がった。

 

(さすがに現場の写真を枚挙するのは倫理観に反するので、最近見つけた似たような規模のものをここにあげておく。なお、実際はシャッタの中まで入れるものとする)

 

「‥‥分かりました」

一通り、眼福の時間を終えて、2回目の台詞を呟いた。

今度は本物だ。

「ひとつ、よろしいですか」

どうぞ、風に揺れてすぐに声が届いた。

「殉職すると二階級特進するってほんとうなんですか。それともこの場合、私情のもつれで処理されますか」

 

同僚に恋人がいる、と聞いている。よく馴染みのジャズバーで、ギムレットフィガロの煙でアレンジしながらかっくらい、気分が昂ってきた頃に話すことといえば決まってそのひとのことだった。普段仏頂面なのにホットチョコレートを飲むときは柔らかな笑顔になること、意外と涙もろいこと、左利きなのに銃と手錠は右で使うこと、お決まりのエピソードをそらで言えるようになってしまった。

俺は刑事じゃない、探偵だ――隙あらば口すっぱく宣言していた彼。公民混合も甚だしい。ど派手な衣装に、金ぴかのベルト、形から入るのが好きだった。リボルバーが相棒と言い張っていたが、日本においてそれは嘘だろう。

いつでも力強く全力だった彼も、最期には、柔らかく笑って認め、崩れ廃れ朽ちてゆく。

 

「撃てなかった、じゃない、撃たなかった。つまりは、顔見知りの犯行ってやつです。争った形跡がないってやつです。些細な言い合いがきっかけだったのでしょう。ドラマ見ますか。よくある展開です。でもここは、2時間も尺のある世界じゃあありませんし、登場人物だって彼とわたしとあなたしかいません。そうなると、随分とまあ、つまらない展開がおのずと見えてくるものですよ。もちろん、証拠はありません。プロの犯行ですから。でも、ここは廃墟です。どうせ彼から噂を聞いたのを思い出して、わたしに辿りたのでしょう。廃墟には、たくさんの暮らしや感情や時間が染みついているし、棲みついているんです。廃墟に行けば、みえる、のです。――あ、だいじょうぶです、『警察』には言いませんから――」

 

わたしがまくしたてたのを静かに聞いていた彼女の瞳は潤んでいた。意外と涙もろいってのは本当のようだ。わざわざこんなところまで連れてきて、贖罪のつもりか、面白半分か知らないが、せっかくの夜の時間が台無しだ。

まあ、帰って仕切り直して、モンキー47でも入れようか。君の好きだったお酒だ。

 

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*基本データ

 

場所:杉並区高円寺北2丁目(高円寺駅から歩ける)

行った日:2019/03/30

廃墟になった日:不明

詳しく:手前も奥も廃墟だが、奥は特定空家に指定されているもよう。

 

 

*評価

 

怖さ:★★☆☆☆

廃れさ:★★★☆☆

見つけやすさ:★★★☆☆

 

 

*廃墟残

 

残りストック:3

 

 

*おれいといいわけ

 

なげーですね。なんだこりゃ。経緯を言い訳しておきますと、先日、わたしのリクエストしたイラストを描いてくださったナマけものさん(id:flightsloth)の記事を受けて、ひさびさにまとまった文章を書きたくなりまして、もともと廃墟に絡めたキャラクタを前からちらりと考えていて、せっかくなのでそいつを廃墟探偵に仕立てあげたということなのでした。もしまた機会があれば、アリハラさん(嘘)のおはなし、書こうと思います。ハードボイルドっぽいアイテムだけ散りばめた出来となりました。わたしはどちらかというと嫌煙家よりなので煙草の銘柄なぞわかる訳もなく、D坂の殺人事件に出てきたものを出してみました。本日朝と夜の通勤時間と帰ってから、なんと製作期間ほんの数時間、そりゃ、こんなクオリティになりますわね。(いつもこんなクオリティというのは禁句)

ナマけものさん、おそらくご想像しているものとはぜんぜん違う文章のテーマとしてあの絵と設定を引き継いでしまいました、すみません。何回か輪廻転生を繰り返しリボルバージョニーはこんなかんじになってしまいました。きっとこのジョニーの本名は譲二です。絵と数行書いていただいたあらすじを妄想で膨らませた結果です‥‥‥‥‥‥(土下座)

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