*基本データ
場所:名古屋市中村区(駅西銀座付近)
行った日:2017/09/17
廃墟になった日:2009年頃
詳しく:大正時代、娼婦の集まる遊郭があった地域。現在もソープランドが立ち並ぶ区となる。遊郭として経営していた店は現在全滅、また遺っている建造物も解体が進む。
*評価
怖さ:★★☆☆☆
廃れさ:★★★★☆
入りやすさ:☆☆☆☆☆
*あれこれ
ということで名古屋なうです。
その日行った廃墟の記事をその日に書く時代となりました。
名古屋には廃墟目的で来たわけではないので、駅前から歩ける範囲であるかなと思って探索したのですが大当たりでございました。
(ちなみになぜ名古屋へ来たかは次の記事で場所を書く予定です。岐阜です岐阜)
名古屋駅から15分ほど歩いた中村区の一角を昔は中村遊郭と呼んでいたそうで、娼家が並んでいたそうです。
当時の建物が一般民家や旅館や料亭になっているところもちらほらありますが、基本は取り壊されてしまっていたり、空き家になってしまっていたりするとのことでした。
成功例として有名なのがこちらのお蕎麦屋さんです。立派な佇まい、歴史を感じます。硝子からぼやける灯りに味があります。
会員制だそうです。
前回、川崎でもこんな地域を探検しましたが、(http://hiyapa.hatenablog.com/entry/2017/09/11/201339)かつて華やかだった夜のお店の跡地が、多いこと多いこと。
駅前の喧騒とネオンが打って変わって、果てしなく寂れています。
トタンを貼り増し貼り増しし、増築に次ぐ増築、九龍城を彷彿とさせる不思議な間取り図の空間です。
そして、ここは、今回この地域を探索していた中でもっとも「らしい」区画でした。
あ、令女プールはこの建物の向かいにある現役ソープランドのようです。本日はおやすみの貼り紙してあり、元気がありませんでしたが、たぶんほんとうに本日がおやすみだったのでしょう。
トタンの錆がどこかの工場のようです。もっと奥にはベランダのような場所もあり、洗濯が干せそうな小さな空間も見つけられました。
わたしの住んでいた水戸や地元の千葉ならまだしも、ここはかなりの力を持った地方都市の、それも県庁所在地の1番大きな駅の、歩いて少しした場所に乱立しているとは、写真だけ眺めていてはまったく思えません。
背景を知って歩くと、いきなり艶めかしく、それでいて今よりも不埒ではない、儚く危うい香りがしてくる気がしてしまいます。
先の廃墟の入口にある木の枠組みです。看板だったのでしょうか。
だいぶ消えてしまったらしいですが、それでもまだいくつか欠片が遺っていますから、名古屋、凄いです。
なんとなくビジネスの街という印象が強い名古屋、大満足の遠出となりました。
*おまけ
中村遊郭のとある一角の銭湯です。
貼り紙のサイズが小さいので見にくいですが、施設老朽化に伴い、9月20日をもって閉店されるとの内容が書かれています。
これから廃墟になる、まだ廃墟ではない、あちらとこちらの狭間の空間も撮っておきました。
併設のコインランドリーも同様に、20日以降施錠されて廃業されるそうです。切なさの残る場所ですね。
三連休も残すところあと1日ですが、台風や前線にお気を付けて、ここまで読んでくださった方、素敵な祝日をお過ごしください。